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ただ眠いんだ

When I'm in the middle of a dream...

夢にどういうオチを付ける気なのか

書き散らし 書き散らし-妄言 書き散らし-夢

脚本家を呼んでこい!

なんだかタイトルだけ読むと「夢破れたときの身の振り方」みたいな話かと思いきや、全然違う。
寝ているときに見る変な妄想と、いわゆる「将来の夢」みたいなものを「夢」としてしまうのは、日本語の欠点のひとつなのかもしれない。

寝ているときの夢というのはいつもトンチンカンなもので、多くの場合途中で起きてしまって「どう収集つけるんだよ!?」と叫びたくなりながら起きることになる。夢の内容が壮大であればあるほどその傾向は強い。
夢の内容を全うして終わるのなんてごくごくまれであり、その終わり方と言ったら転ぶとか空を飛んでいて落ちるとか、だいたいが痛い終わり方だ。


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今日の朝みた夢も「脚本家呼んで来いよ!」というような内容であった。おそらく脚本家は自分の中の無意識とかそういうものなんだけど。
舞台はどこだかよくわからない、中学校のような場所。でもランドセル背負ってたな。こういう夢の中での認識の行き違いというのはよくあることだ。時間は帰りの会が終わった少し後くらいのものである。

さて、そのランドセルの中に大量のフリースを詰めているところから夢が始まった。人のものを盗んでいた…ということではないのだけど、10着くらいのフリースをランドセルの中に詰めていた。

そしてクラスメートと一緒に帰宅。この人は別に仲がよかったわけでもない。今日の今日までたぶん1年くらいは思いだしたことのない人である。一緒に帰った記憶はないくらいの間柄である。この配役のめちゃくちゃさが夢の醍醐味である。
昇降口まで行き、そしてランドセルを開けると…フリースが消えていた。どういうことなんだ。
…人がみた夢の話を読んでいて「どういうことなんだ」と言われても困ってしまうと思う。でも、僕も困っている。どういうことなんだ。

ランドセルに10枚詰めたフリースが、教室から昇降口に向かうまでに消えたのである。引田天功もビックリである。
フリースはどこへ消えた?という感じだ。童話かと思ったら啓発書だったくらいの驚きである。

その後、いろいろな人を巻き込んでのフリース大捜索になるのだが、そのメンバーが小学校の時の友人から大学の友人までごちゃごちゃ。配役が適当である。
何度探してもフリースは出てこない。ランドセルの中をすべてひっくり返しても出てこないし、教室にも階段にもフリースはない。わけがわからない…というところで目が覚めた。

意味がわからない夢の話をここまで読んでくれている人がいるのかだいぶ疑問なのだけど、そんなところである。
夢を作る脚本家の能力がものすごく向上してくれたら、寝るのが今まで以上に楽しみになると思うのだけど。