ただ眠いんだ

"人生はコメディだ!"

炎上について考える

炎上で済ませていいの?

今、はてな村界隈では「互助会」の話題が燃え上がっている。
「互助的なブックマークすらつかねえ」という現状と「そんな知り合いのブログのひとつひとつの更新に付き合うほどマメでもない」ということで心底どうでもいいし、ネットバトルなんてめんどくさい話である。

そんな中、ネット上でなにか問題が起こることを「炎上」と呼ぶことは、世間一般にも浸透してきている。
その一方でこんな記事が朝日新聞に出た。

http://www.asahi.com/articles/ASJ6Y7SGKJ6YUCVL03R.htmlwww.asahi.com

2014年に調査会社のインターネットモニター約2万人を対象に調査。炎上の時に書き込んだ経験の有無を尋ねたところ、経験があったのは約1.1%で、そのうち過去1年間に書き込みをしていたのは約0.5%だった。今年、約4万人を対象に行った調査でも、過去1年間の経験者は約0.7%だった。

インターネットでのモニターを対象に調査した結果を引用した記事なのだけど、2016年の調査でこのアンケートに回答したインターネット利用者で「炎上の時に書き込んだ経験がある」と答えたのは4万人中だいたい300人程度であると言うことを示している。
この調査に回答した人の属性がわからないのでなんとも言えないのだけど、「0.7%」というのは多いのか少ないのか。

そもそも「炎上の書き込み」とはなんぞや

そもそも「炎上の書き込み」というのにどこまでの発言が含まれるのかがよくわからない。

たとえば、2016年の幕開けの炎上、元気な女性タレントとゲスなバンドマンの不倫騒動は明らかにネット上でもそれ以外でも炎上であった。
この件に関しての言及として、いくつかの程度がある。

たとえばニュース記事のURLをつぶやく、名前を出して「不倫はよくないよ」とつぶやくといった、単純な言及。
さらに踏み込んでいって、その当事者に対して「死ね」だの「辞めろ」だのと攻撃的なこというというところまであるだろう。
そういった攻撃性のグラデーションを無視して「炎上の時に書き込む」とひとくくりにするのはちょっと乱暴なのではないだろうか。

僕は実感として0.7%が炎上に関与、残りの99.3%はなにもしていない…という数字はかなり怪しいと考えている。
炎上に加担する、加担した、というのはどういうことなんだろう。単純に言及しただけで炎上なのか?

たぶん当事者からしたら、記事のURLだったり内容を共有している時点で「炎上に加担している」という感想を持つだろう。それどころか、当事者の名前を出して「不倫はよくないよ」とつぶやいた時点で、それは火の粉のひとつなんだと思う。
しかしつぶやいた人達は「自分が炎上に加担している」なんてことはあまり思わないはずだ。

炎上で済ませていいことなのか?

逆に直接リプライで攻撃的なことを言ったり、なにかバカにするような発言をするということは、おそらく炎上なんて生半可な呼び方で済ませていい問題ではないと思う。
たぶんそれは「侮蔑」とかそういう言葉で表されるべきだ。
これは「学校における集団暴力」をいじめと称したり、「恐喝」のことをカツアゲといってみたりするようなものではないか?

炎上という言葉が生まれる前、同様の現象は「祭り」と呼ばれていた。これは象徴的な話だと思うのだ。

荻上チキさんをわりと応援したりしています。不倫はいけないけど。