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ただ眠いんだ

When I'm in the middle of a dream...

後ろ暗い記憶ってあったよね

黒歴史と呼ばれるタイプの記憶がある。
元々は「あの時のことを思い出すだけで、枕に顔を埋めて足をジタバタしてしまう」というような、思春期くらいの恥ずかしかったことを指す言葉だったと思うのだけど、最近はだいぶライトな言葉になってしまっている。


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「それは俺の黒歴史だからさwww」なんてトーンで言ってるやつは、

  1. そういう記憶を忘れてしまっている
  2. 覚えているけどそんなものはないというふりをしている
  3. 恥ずかしいことだと思わず、武勇伝のように思っている。

このどれかである。いや、絶対そうだ。そう思わないとやってられない。
誰にでもひとつやふたつの黒歴史はあるだろう。いや、あるはずなのだ。

この文を書いていても記憶の扉がいくつか開いてしまっている。それについては絶対に書かないでおこうと思う。墓場まで持って行くのが黒歴史のお作法だと思う。
本当の黒歴史というのは、少なくとも自分と紐付けた状態でネット上に書けるものではない。匿名ならまあギリギリ…?

僕には少なくとも、意図的に法を破ったことで黒歴史になった記憶はない。あくまで「意図的には」破ったことはない。はずだ。
法を破ってはいないけれど黒歴史ということは、仁義にもとるようなことでもやったのかというと、それはノーコメントである。

人はどうやって黒歴史を乗り越えるのだろうか。

昨年、とある公務員の採用試験を受けたのだけど、その試験会場に高校時代に同学年だった見たことのある顔があった。
その彼は高校時代、某運動部がゲーム感覚で集団窃盗をした事件の構成員であった。
その彼が公務員採用試験にいたのである。

彼はその事件に関してなんらかの折り合いをつけてその場にいたのであろう。そうじゃなければ、とてもじゃないけど受けられないだろうと思う。
もしかしたら武勇伝タイプの方に折り合いがついているのかもしれないけれど…

中学の頃、親を殴って泣かせた…ということを自慢げに話している男がいた。そんなことをしている時点で善悪の基準がちょっと違う気がするので、黒歴史なんて彼にはないのかもしれない。もし万が一自分がそんなことをしていたらと思うと、背筋が寒くなる。
彼の中であの件は一体どのような扱いになっているのだろうか?

ちなみに、この記事を書くにあたって、そいつの名前を検索したら、見事にTwitterアカウントがヒットした。
僕がジャーナリストであれば取材を申し込むところだけど、やめておこう。

人のことばかり書くのはフェアじゃない気がするので、翻って自分のことを思い返してみれば、あのときあいつに謝ったっけ?とか、そんなことがいくつか思い当たる。
なにか事件が起きて、それ以降その人との交流がぷっつり途絶えているのを思い出すとなかなか厳しい、交流がその後も続いているというのもまた違った厳しさがあるけれど。

そういう後ろ暗く閉じこめておきたい記憶と向き合えるのか、完全に忘れてしまうのか、武勇伝にしてしまうのか、それが問題である。
人の黒歴史を見てみたいという欲求はあるのだけど、「こんなことがあってさー」と話してくるやつの黒歴史は決して黒歴史ではない。

あと勝手な偏見。武勇伝にできるタイプの人はネットの片隅にこんなことを書いていたりはしないのだろうな。そういう人のブログは収益報告とかであふれかえっているんだろうな。