ただ眠いんだ

When I'm in the middle of a dream...

ゲームがリアルになる必要性って?

新しいゲームハード、特にプレイステーションの新しいハードが出る度に電機屋にて「映像がものすごくきれいだなあ」と感動する。
ゲーマーとしても有名な伊集院光氏によれば「グラフィックのきれいさをはかるには、『この水飲めそう!』と思うかどうか」とのことだが、もはやPS3の時点で完全に飲めそうに見えるし、PS4に関してはほとんど実写の域に達しているんじゃないだろうか。むしろ現実の水より飲めそうな気がする。


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僕としてはPS2くらいの画質でわりと満足だし、「そもそもフィクションに写実性を求めてどうするの。ドット絵で十分じゃね?」と思うのだけど、画像処理がきれいになるのと比例してバグ報告などがおもしろくなっている。

FF15がバグだらけ…というのがTwitterで話題となっている。
僕が初めて見たFF15の映像は、車の屋根から頭を突き出して乗っている主人公ご一行様…だった。
映像がリアルになり、イケメンになったキャラクター達が、車の屋根から頭を飛び出させて移動する。言葉の意味のまんまで「ファイナルファンタジー」という感じがしてしまう。

また、バグではなくても日常的な風景の中で変な動きをしてみれリアルさ故に変な感じになるし、ちょっとしたミニゲーム要素がシュールになってしまったりする。

多くの人が覚えているであろう思い出深いバグとして、初代ポケモンのチャンピオン戦の部屋にある銅像に「なみのり」ができる…というのがあるけれど、最新のポケモンで起こったらグラフィックのリアルさのせいで爆笑ものだろう。

画質がきれいになる、というのはゲームの完成度を挙げる一要素であるとは思うのだけれど、はたしてそれがゲームの楽しさに一番重要なことなんだろうか。
まあ、据え置き機はPS2、携帯ゲーム機は初代DSが最新ハードである僕が言ってもなんの説得力もないのだけど。