ただ眠いんだ

"人生はコメディだ!"

インターネットに書いたことは消えるか?

小島アジコさん(id:orangestar)の記事を読んで思ったこと。
orangestar.hatenadiary.jp

ネットに書いたことは消えない…のか?

中学校や高校、もしかしたら大学に入ってからも情報教育としてよく言われたのが「ネットに書いたことは消えないから気をつけなさい」という話。
たしかにネット上に流出した個人情報や写真を削除することは非常に難しい。というかほとんど不可能。万が一ネット上からその画像がすべて消えたとして、それを誰かが保存していたらまた広がる可能性もある。

最近では「忘れられる権利」として主に欧米圏で裁判所からGoogleなどへ検索結果の削除命令が行われている。
ちなみにWikipediaによると、最初に忘れられる権利でGoogleに勝訴したのはフランスの女性。「過去のヌード写真の消去」が認められたらしい。そりゃあ消したいよね。
まあ、ヌード写真じゃなくても少し前に「バカッター」としてバイト先での愚行をTwitterに公開する若者が話題になったりしたし、その情報はちょっと検索してみれば未だに実名入りで見つかったりもする。

ネット上で広まってしまったことはおそらく消せない。これは正しい。

しかし、一方では消え去っていく情報もかなりの量ある。それは失われていくネットサービスに書かれたこと。

僕が書いていたけど消えたもの

中学生の頃、たぶん10年も前になるけれど、僕はとあるゲームに関する携帯電話用のサイトを運営していた時期がある。まったく流行らなかったし、作ってみたはいいものの、更新するネタがあるわけでもなく開店休業が続いたサイトで、その当時そんなサイトはごまんとあったと記憶している。
そのサイトも今や消えている。パスワードを忘れて消せなかったのだけど、サービス自体が終了したのだ。それと一緒に僕が数時間かけて作ったサイトは削除された。
初めて作ったサイトが消えたというのは若干悲しかったことを覚えている。

僕が高校生くらいの頃に書いていた、失恋から来る感傷に満ちあふれたブログも同じ末路を辿っている。こちらに関してはよくぞそんなにすぐ潰れるブログサービスを選んだものだと自分で自分を褒めたいくらいなんだけど。

インターネットに書かれたことだって消える

とにかく、僕が10年くらい前に作っていたサイトから数年前に書いていたブログまですでにインターネット上から削除されている。
それだけじゃなく、一世を風靡した「Yahoo!ジオシティーズ」はサービスを続けてはいるものの廃墟のようになってるし、mixiはゲーム会社になりつつある。mixiが消えたらかなりの量の思い出が消え去るだろう。

インターネットは永遠じゃないと言うことは、そういうサービスに関わったことがある人ならば肌感覚でわかってくることなのだ。

もしTwitterがなくなったら?Facebookがなくなったら?LINEがなくなったら?そのときに失われるコミュニケーションの量は計り知れない。
すべてのログが消えたとき、果たして僕は2010年代の記憶を残しておけるんだろうか。

消えたら悲しいものほど消える

消えない情報というのはそしてこれも感覚の話になってしまうのだけど、サービスから削除されても長期間残ってしまうデータというのは、なんらかの悪意のはけ口になっている場合が多いのだと思う。
それこそバカッターやらちょっとした炎上事件のログ、流出した写真など、野次馬根性が刺激されるようなものは拡散されることで長持ちしていく。悲しいけれどそれがインターネットなのよね。

そして消えたら悲しいものほど消えがちなのもインターネット。
数年前にあった事件の記事を読もうと思って新聞社のサイトにアクセスするも削除されていたり、それこそブログや個人サイトが消えれば、そこで交わされたコミュニケーションも消える。思い出も消える。

中学高校で受けたインターネットに関する警告は当たらずとも遠からずで、きっとそんなには間違っていない。たしかに中高生のやりそうなことは周囲から見れば悪意の対象になりそうだ。

ネットに書いたことも消える。ただしそれは楽しかった思い出だ。

このブログもいつかきっと消えるのだろうね。炎上とかやらかさない限りはログも残らないんだろうね。
楽しかったけど、跡形もなくなる、物質的な証拠も残らない…と言う意味ではインターネットは夢をみるのに似てるのかも知れない。そしてどうせだったら楽しい夢をみていたいと思う今日この頃。