読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ただ眠いんだ

When I'm in the middle of a dream...

伊坂幸太郎「サブマリン」を読んだ…深く潜るようなやるせなさ

レビュー レビュー-★★★★★ 人-伊坂幸太郎 趣味 趣味-本

シリーズ前作の「チルドレン」から実に12年の歳月を経て、「陣内さん」が戻ってきた。

総合評価
★★★★★

※ネタバレあります

家裁調査官のお仕事

家庭裁判所調査官となった後は、主任家庭裁判所調査官の指導のもと、個別の事件を担当する。
離婚事件における夫婦の現状の把握、少年保護事件における少年や家庭の問題の実地調査・把握などがその主な仕事である

家庭裁判所調査官 - Wikipediaより

主に罪を犯した少年の調査と、その後の経過観察を行っている家裁調査官がこのシリーズの主人公である。

ストーリーが重い

皮肉屋でめちゃくちゃな論理で周囲を振り回す「陣内」と常識人「武藤」の家裁調査官ふたりが物語の主軸である。
そう書けば前作の「チルドレン」のようなお話を想像するが、そのふたりが無免許運転で死亡事故を起こした少年と向き合っていくという前回より重たいストーリー。

無免許運転で少年が人を殺める。ということは、センセーショナルに報道される。
スピードの出しすぎが起こりやすく被害が大きくなるからか、世間的に大きな問題になりやすい。

その一方で交通事故による被害者の命はあまりにも軽く見積もられがちでもある。
車社会において厳罰化を進めすぎると、社会のあり方が変わってしまうと言うのが主な理由なようだ。

そこに「少年法」という要素が加わると事態はさらに複雑になってしまう。
実際、死亡事故を起こした少年というのはいわゆる凶悪な犯罪者のイメージからは乖離している。
ただ、多くを語らない少年。

さらにその少年の過去を遡っていくと他の交通事故に行き当たり…

私刑の生んだ悲劇

誤変換ではなく「私刑」についての話

国家の刑罰権の発動をまたずに,私人もしくは私的団体が自力で行う刑事制裁

私刑(しけい) - コトバンクより

名前が報道されない少年犯罪でも、ネット上で検索すると加害者の本名から家族構成、顔写真…などなど個人情報が「晒されている」ことが多い。
多くは「未成年だからって少年法で裁かれるのはおかしい」という理論の上で「私刑」が行われている*1
しかし、ネットで行われている私刑に関しては、義憤に駆られていると言うよりも「おもしろ半分」とか「正義の味方気取り」という印象を強く受ける。

義憤に駆られてやる私刑であっても

何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
日本国憲法第31条

と、憲法によって明確に禁止されているのに、さらにおもしろ半分というのは…

私刑が生んだ悲劇

交通事故で人を殺めた少年もまた、私刑を行おうとした結果として関係のない人を殺害してしまっている。
過去の交通事故加害者への怒りが、新たな加害者と被害者を生んでしまう最悪の結果。
そして、過去に事故を起こしてしまった少年もまた苦しんでいる。

加害者と被害者が表裏一体、少年法による加害者の保護…
伊坂幸太郎の作品はミステリーというジャンルに含まれがちだけど、実は社会を覆う悪意とか、それに対するやるせなさについて書いているんじゃないかと思う。

伊坂幸太郎が見せる希望

悪意であったり、やるせなさについての小説家であると書いたけど、最後に希望を持たせてくれるのも伊坂作品の特徴で、いいところであると思う。
初期の作品でのすさまじいまでの伏線回収や、今作のように息の詰まるような展開の物語に希望を持たせてくれる、そんな読了感のために僕は伊坂作品を読んでいるのだろうな。

今作もやはり陣内さんの一言が最後の希望を持たせてくれる。
「サブマリン」というタイトルは、やるせなさの中に深く潜った後に、陣内さんの一言で水上に引き戻される、そんな読後感のために付けたのかもしれない。
やはり読み甲斐のある作家だ。

blog.tadanemuinda.com

*1:ちなみに匿名報道になっているのは努力義務であり、罰則はない