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黒木渚の小説『本性』、もしくは黒木渚について

この度、最近のイチオシ女性シンガーである黒木渚さんが『本性』にて小説家デビューした。
僕が「この人はすごい」と思ってCDを買い始めた2016年に、入れ替わるように咽頭ジストニアによって音楽活動を休止してしまった。

もちろん休止中に新しい作品が出ることはない。ところが黒木渚、なんと小説家デビュー。大学院時代にポストモダン文学を研究していた…という情報は知っているし、文章を書いたり読んだりするのが好きな人ということも知っている。
音楽ではないけれど、そんな黒木渚の新作。読まないわけにはいかないな。ということで手に入れました。読みました。

変人ばっかり

『本性』には3編の小説が収められている。『超不自然主義』『東京回遊』そして『ぱんぱかぱーんとぴーひゃらら』である。
『超不自然主義』は無機物性愛の女性と、占い師(のフリをする商売をしている)女性の同棲生活の話。『東京回遊』は女優のフリをしてタクシー運転手と会話する元女優志望の女性の話、『ぱんぱかぱーんとぴーひゃらら』は酒好きギャンブル好きの日雇い労働者の男性と売春で日銭を稼ぐ女性の話である。
見事にどれも何かを抱えた、ちょっとおかしな、何かを抱えた人々しか出てこない。

黒木渚が抱えるこの毒は、一体何なのだろう。
特に『ぱんぱかぱーんとぴーひゃらら』に登場する人々や場所は本当に毒々しい。そして主人公の男性は本当に汚らしい。
酒とギャンブルに溺れ、稼いだお金はなにも考えずに浪費する。おまけに暴力的だし。とてもじゃないけどお近づきになりたくないタイプだ。
そんな中年男性をも、黒木渚は描いている。楽曲にもいえることなのだけど、黒木渚は一体どこでこの毒々しさを身に付けたのだろう。

異様さをトレースできる人

先ほど「おかしな」という言葉を使ったのだけど、世の中には自分のことを「普通」と感じている人と「普通じゃない」と感じている人の2パターンがいる。
ちなみに、自分のことを普通とか正しいと称する人ほど、とかくとんでもない…というのは僕が今までの人生で感じていることである。
『本性』に出てくる人々の中にも、自分の中の異様さに気がついている人と気がついていない人がいる。

黒木渚の恐ろしさは、その二通り、その両者の思考をトレースできていることなのではないかと思う。
自分のことをおかしいのかも…と思っている人と、自分が正しいと思っている人、両方ともおかしかったりするのだけど、その両者を黒木渚はトレースしている。

僕は今まで『本性』に出てくるような人たちの思考を考えようと思ったことがないし、そう思い立ったところでそれができるとはとても思えない。
上に書いた「黒木渚の毒」についてだけど、黒木渚は「その人」になりきって、その人が抱える毒を吐き出しているんじゃないかと思う。
もちろん、そこには歌を歌えない状況に対しての本人の叫びのようなものも含まれているのだろう。

芸能人のお遊びではない

芸能人が小説家デビュー!というと、嫌な予感がする人は少なくないと思う。
本人に知名度があるから、出来レース的に話題になって、本屋の平積みはいっこうに減らない。それでも果敢に挑戦していったファンも作品の内容に閉口。そして2冊目は永久に出ない…
それが芸能人が小説にありがちな顛末である。
みんながみんな辻仁成になれるわけではない。あれは奇跡だ。

しかしそんな有象無象の芸能人小説とは一線を画したのが黒木渚の『本性』である。
文学を研究してきた歌手が、歌えない状況で文学に表現を託した。その時点でかなりの覚悟があったのだと思う。その覚悟が、その挑戦が至る所から感じられる、そんな小説であった。