ただ眠いんだ

"人生はコメディだ!"

I Don't Wanna Be A Soldier Mama

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自分の身の回りで起きたことを赤裸々に書くことだったり、政治的な話をするのはできるだけ避けているのだけど、ちょっとだけその禁を破ってこの記事を書こうと思う。

彼女と新宿を歩いていた。あまり目的地らしき目的地も、予定らしき予定もなく、なんとなく新宿御苑とやらに行ってみようか。というくらいの街歩きだ。

すると、新宿ピカデリーの近くで、ひとりの男性に声をかけられた。どうやら外国人旅行者である彼は「ちょっとすみません、ビックロはどこでしょうか」と尋ねてきた。若干イントネーションが不安定であるものの、日本語で日常会話レベルのコミュニケーションをなんとかこなせる彼は、韓国からリュックサックひとつで旅行に来た大学生であった。バックパッカーというやつだ。
顔はYouTuberのHIKAKINにちょっとだけ似ているなと思った。メガネのせいだろうか。

話を聞くと、日本旅行に来てすぐに自前のiPhoneを破損させてしまい、SIMフリーの電話機を購入したものの、SIMを買い忘れてしまったらしい。携帯を買うだけならただお金を払えばいいが、異国でSIMを買うのはなかなか大変だ。
予定らしき予定もなかったので、ビックロまで案内したあと、そのまま旅行者用のSIMの購入も手伝った。こんな経験は初めてだ。知らない人、しかも外国人がSIMを買う手伝いなんて、家電量販店勤務でもなければそうそうあることじゃない。

SIMを選びながら、将来は日本で働きたくて、日本語を勉強中であること、英語は結構しゃべれること、日本には3日間の滞在予定で、今日はその2日目だということ。携帯が壊れてしまってもう帰ろうかと思っていたこと、帰る前にダメ元で声をかけたこと。そんなことを話してくれた。
携帯にSIMを挿す手伝いをして、正常に通信が出来ることを確認していたところ、「お礼がしたい、飲み物でも奢る、時間があれば話もしてみたい」と言うので「じゃあ、どこか観光地にでも一緒に行こう」と話が流れていった。
いくつかの候補地を挙げ、その中から浅草寺と東京スカイツリーを選んだ。

仲見世を見て「お祭りみたいだ!」お土産物屋で柴犬の定期ケースを見て「かわいい!」引いたおみくじに「悪いことが起きるが、誰かが助けてくれる」と書いてあり「神様は本当にいるのかもしれない…」スカイツリーも「すごい!かっこいい!」
やはり定番の観光地には外れがない。


そんな道中、彼は意を決したように「ふたりは自分に優しくしてくれるけど、日本人はみんな韓国のこと嫌い?」と尋ねてきた。日本旅行をするにあたって、将来日本で働くことを希望する上で、それが大きな不安だったらしい。

僕は答えに窮してしまった。「そんなことないよ」と言うには色々なことを見聞きしている。
ある程度社会に対して関心があれば、ここ数年の間に新大久保を始めとしたコリアンタウンでどんなに酷いことをした人達がいるかを知っているだろう。
まとめサイトと呼ばれるサイト群がいかに差別的な言動を扇動しているか。そういうサイトが一般に人気を博しているか。
わりと親しくしている人が、ふとした瞬間にひどく民族差別的なことを言っている…というシーンに遭遇したことも一度や二度じゃない。
そんなことを考えると、僕は彼の質問に無邪気に答えるわけにはいかなかったのだ。

「日本人にも色々な人がいる。韓国にもきっと色々な人がいるだろうし、それはきっとどこの国でも一緒だ」そんな風に答えたと思う。
この答えが正解なのかどうかはわからないし、ちゃんと彼に伝わったかはわからないけれど、自分に対しても、彼に対しても、最大限誠実に答えたつもりだ。
「韓国にも日本が大嫌いと言っている人がいるけど自分にはよくわからない。そういうのはキモい」と彼は言っていた。キモいという表現が適切かどうかはさておき、やっぱり色々な人がいるのだろう。

スカイツリーのふもとで、少しの間とりとめもない話をした。
しばらく話しているうちに、僕がビートルズのTシャツを着ていることに気がついた彼は、なんとリュックからジョン・レノンの「Imagine」のアルバムを取りだした。外国旅行に持って行くリュックサックに入れて持ってくる物としては、なかなか渋いチョイスだと思う。
「兵役の時に、こっそり聴いていた」というCDを日本に持ってきて、携帯が壊れている状態で、ダメ元で話しかけた相手がたまたま新宿に来ていたガジェット好き・ビートルズ好きの男というのは、ちょっと出来すぎだ。事実は小説より奇なり。

ジョン・レノンのソロ時代の曲というと「Imagine」が圧倒的に有名だ。全ての反戦歌としても最も有名かもしれない。
しかし、同じアルバム内にはもっとストレートな反戦歌がある。「Imagine」の陰に隠れてしまっているが、「I Don't Wanna Be A Soldier Mama」という曲だ。タイトルをそのまま訳せば「僕は兵士になりたくない」だ。歌われているのは兵士になんてなりたくない。僕は死にたくないというストレートな反戦だ。彼はこのアルバムをこっそりと聴くことで、兵役を乗り切ったのかもしれない。

そこまで考えたところで、ここしばらくの国際情勢のことを考えた。もしも戦争が起こったら、大学生の彼は早い段階で徴兵されてしまうのだろう。そうなったら将来東京で働きたい、という彼の夢は一体どうなるのだろう。誰がその責任を取ってくれるのだろうか。
僕らは未だに、50年前にジョン・レノンが歌っていたことを実現できずにいる。

彼はさらにカバンから、ビートルズデザインのMOLESKINEを取りだした。僕が購入を迷って、「たぶんもったいなくて使えないな…」と諦めた限定版だ。
彼はビートルズMOLESKINEに付いてきたイエローサブマリンのステッカーを、今日のお礼に受け取って欲しいと言った。2冊持っているからステッカーは2枚ある。だから、1枚は受け取ってほしいという。これが小説だったらやっぱり演出過多だと思う。

スカイツリーで彼と別れた。次の日は東京タワーに行くのだという。日本旅行が良い記憶として残っていればいいと思う。

今、僕の机の上にはイエローサブマリンのステッカーがある。やはりもったいなくて、その辺に貼ることはできない。ステッカーをできるだけ長持ちさせるにはどうしたらいいのだろうかと考えている。